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6月19日は、郷土が誇る小説家 太宰治の101回目の誕生日ということで、出身地の五所川原市金木町で生誕祭が行われた。 御存知のとおり、太宰治の命日(入水自殺の遺体が発見された日)も6月19日であり、太宰の友人 今官一がこの日を「桜桃忌」と名付けたので、生誕祭と言われるより「桜桃忌」と言われた方がなじみ深いかも知れない。ちなみに、生誕祭という呼称は、1999年に「太宰の生まれた金木町では、生誕を祝う方がふさわしい」という遺族の要望もあり、桜桃忌から改められたものである。 この日は、生誕祭の行事の他、太宰治検定や元アナウンサー原きよさんによる『故郷』の朗読なども行われた。
その中で、私が取り上げたいのは高校教諭にして声楽家の鎌田神爾先生による『走れメロス』の朗読、『走っけろメロス』だ。 太宰の『走れメロス』を津軽弁に翻訳するという試みに対しては、太宰ファンや研究者からは作品に対する冒涜であるという批判もあったそうだ。そういう見解ももっともであると思うし、一口に津軽弁と言っても太宰の出身地金木町と青森市、弘前市の津軽弁を比べても微妙な違いはそれぞれにあるので、津軽弁に直す作業には数々の困難があったことが察せられる。 例えば、原作をどの程度まで津軽弁にするか。『走れメロス』の文体の特徴である漢語の多さを生かすか殺すか、細かな語句の意味を適切な津軽弁に当てはめることが可能かどうか、鎌田神爾先生の中にも数々の苦悩や試行錯誤があったことが想像できる。 そして完成した『走っけろメロス』。津軽地方に生まれ育った私にとって、この朗読は衝撃であり、感動的であった。 太宰にとっての母語は「日本語の津軽弁」だったのだろうと素直に受け入れることができる。文字で津軽弁に翻訳したのでは伝わらない、独特のイントネーション、リズム、情感・・・。太宰の文体や思考の根底に潜む津軽弁の息づかいが、この朗読によって浮き彫りにされるように思えた。 地元の新聞『東奥日報』の記事によれば、福島県から訪れた男性は、「津軽弁は何となく分かる程度だった。」と苦笑しながら「太宰も津軽弁を話ながら作品を書き上げたんだと思うと感動する。」と語ったそうだ。 そうか、津軽に生まれ津軽弁で育った私にとって、津軽弁の朗読から得られる感動は、特別なものなのだと、気づいた。もしも、津軽に生まれ育たなければ、この津軽弁朗読に込められた情感・味わい・空気感は、味わえないものだったのだろう。 太宰作品を津軽弁に翻訳することの真価を感じることができるのは、津軽出身者に限られるとしたら、この試みに対する批難も、さもありなんという気がする。 だが、だが、だが、鎌田神爾先生の朗読によって浮き上がり、あふれ出すように広がるものは、言葉では表現できない人間の本質に迫る「何かおそろしく大きなもの」であり、これを感受できる気がするのは、とても幸せなことだと思う。 万人に薦められるわけではない。でも、津軽弁で育ち、『走れメロス』に心動かされた人には、この『走っけろメロス』をぜひ聴いてほしい。太宰作品に対する、新しい感動、認識の地平が広がるかもしれない。 緋色のマント色の表紙。原作本文と津軽弁翻訳文。そして、 鎌田神爾先生の朗読CD付きで、販売されています。 更新意欲向上のためランキング参加中! よろしければクリック↓お願いします。 にほんブログ村 |
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かなり前の記事ですが、興味深く拝見しました! |
津軽弁好き! 2011/03/01 14:47 |
コメントありがとうございます。うれしいです。 |
ねじまき鳥 2011/03/01 22:08 |
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